年の終わりに空気読まないこと言ってみる

 もうすぐ、2011年が終わります。

 あえて、「いい年だった」と言って今年の締めくくりとします。

 こんな事を申し上げると、「何を無神経な事を」とお怒りになる方も多いでしょう。確かに、悲しい事、辛い事の多くあった一年でした。しかし、私の周囲の狭い範囲に限ってみれば、心暖まる、嬉しい出来事もありました。
 いささか無理があるかなあとは自分でも思うのですが、その事だけをとりあげて「いい年だった」と、ここは言い切ってしまいます。

 ひとの気持ちは、損益計算書のようなものではあらわしきれないものだと思うのです。ですから、何物をもってしても埋めようのない悲しみ、というものはあるでしょう。そして、今年、この世の中を襲ったのはまさにそのような悲しみだったと思います。

 しかしここで、空気読まない発言、屁理屈をこねてみたいと思います。
「何物をもってしても埋めようのない悲しみ」があるのなら、「何物をもってしても消し去る事のできない喜び」というものもあるのではないでしょうか。

 今年、私にはそんな嬉しい出来事がありました。他の多くの悲しい出来事の中にあっても、その嬉しい記憶は私の中で決してその輝きを失ってはいません。
 そんな喜びを私に与えて下さった方々に感謝して、そして、今年悲しい思いをなさった方々にも来年は「何物をもってしても消し去る事のできない喜び」が訪れる事を願って、ゆく年を送りたいと思います。

 …そんな思いで、年の終わりに、あえて空気読まないことを言ってみました。