2012年新春ウォーキング

 あけましておめでとうございます。今年もゆるゆるとまいります。

 さて。昨日、今年の『新春ウォーキング』、決行しました。
 2000年に起きたいわゆる『東海豪雨』がきっかけで職場からの徒歩での帰宅について考えるようになり、ここ10年くらい、正月二日にウォーキングをやっています。最近は避難訓練というより単なる散策になってしまっていましたが、昨年の大地震を受けて、今年は原点に立ち帰り、職場からの徒歩帰宅を念頭に置いてルートを選定しました。名古屋市港区にある職場の最寄駅から歩き出し、まずは西区のノリタケの森を目指します。できればそのあと庄内川を越えて名古屋市内を抜けるのがこの日の目標。

 まあ結局は勝手気ままな“ぶらり旅”になるんですが(笑)。

 7時20分までには朝食を済ませていたのですが、その後もたもたしていて家を出たのは8時過ぎ。こんなことで今月5日以降、6時に朝食をとり6時40分頃家を出る普段の生活に戻れるのかかなり不安ですが、まあそれはおいといて。名鉄名古屋市地下鉄と乗り継ぎ、9時過ぎに名港線築地口駅に着きました。ここが私の職場の最寄り駅です。うわっ、雨降ってる。それも強めに。

 まずは築地口商店街の入り口近くにある築地口神社にお詣り。氏子さんたち(商店街の店主さんたちです)が参拝者を迎える準備をなさっている最中に来てしまいました(^^;;。お邪魔して申し訳ないです。こちらでは、お下がりの、紅白のお餅を頂きました。わーい。お詣りを済ませたら雨も止んできました。いいぞ。

 ここから、熱田神宮を目指して国道154号を歩きます。災害時徒歩で自分の家へ帰る、と考えた場合、途中に大きな工場もあり遠回りでもあるこのルートを歩くのはどうかな、とは思うのですが…、まあここはお正月ということで、熱田さんにも立ち寄ってお詣りしていきたいんですよ(笑)。ちなみに熱田神宮尾張国三の宮です。
 千年の交差点で154号から離れ、細い道を西に入ります。しばらく歩くと八幡様(千年八幡神社)がありました。ここでもお詣り。境内に軍人さんの忠魂碑と民間人の方々の慰霊碑があったので、拝見していきます。
 こういった戦争がらみの碑の問題については、以前から思うところもあるのですが、それを記事として書くにはまだまだ知識が不十分なので、ここでは深く掘り下げないことにします。ただ、このような碑を、安易に軍国主義と結びつけて排斥せず、広く人々の目に止まるような形で残すべきだと、私は考えています。こちらの八幡様の境内にある碑も、戦争を賛美するものではなく、逆に戦争の悲惨さを我々に訴えかけるものだと感じました。

 おっと、寄り道はこの程度に(笑)。熱田さんに向かって、八幡様の前の道を北北西に進み、堀川を渡ったのが10時ちょうど。橋を渡り切ったところに軻具突智社がありました。ここにもご挨拶をしていきます。
 七里の渡し舟着場跡に立ち寄り、ここから旧東海道を進んで熱田さんへ、というところで、iPhoneの挙動が不安定に(><)。とったはずの写真がカメラロールに保存されてない。歩きながら、MapやTwitterクライアント、foursquareInstagramなどのアプリを同時に起動し頻繁に切り替えて操作してたのが良くなかったかな?ここで一度iPhone再起動(^^;;。

 10時18分、熱田神宮に到着。いいペースで来ています。この時間帯ならまだ空いており、参拝も比較的スムーズにできます。参拝後は名鉄神宮前駅のほうへ出ました。この先の道順はうろ覚えなので、ここからはiPhoneのMapアプリの経路探索結果を参考にしながら歩きます。

 大津通北へ。大きな道路沿いに歩くのは退屈ですねえ…、どこまで行ってもビルの建ち並ぶ似たような景色が続いて。高蔵の交差点まで歩いたところで忍耐が続かなくなりました(早っ(^^;;)。少し寄り道、高座結御子神社にお詣り。このあとすぐ大津通に戻って歩き始めるのですが、ここでもうiPhoneの提示してくる経路に従う気は失せてます(笑)。
 それでも金山駅あたりまではおおよそiPhoneの経路探索結果に従って歩きました。ああ、金山神社に寄っていくの忘れたなあ。金山総合駅南口の前を11時少し過ぎに通過。そして、金山新橋を渡って鉄道線路の北側に出ます。ここから線路沿いに西へ進み、堀川に突き当たったら川沿いに北へ向かいます。

 Mapは、この先松重閘門あたりから江川線に入り、その後名駅通へ向かうルートを提示してくるのですが、どうもそのルートに従う気が起きないんだな〜。大津通もそうでしたが、幹線道路沿いに歩くのは退屈なんですよ(笑)。車の排気ガスに吹かれるのも御免蒙りたいです。名駅前の歩道は人でごった返してるだろうし…。
 てなわけで、このまま堀川沿いに北上します。

 堀川も昔のような“ドブ川”のイメージは払拭されつつあります。岸では古い構造物の取り壊しも進められており、川沿いの風景も数年のうちに小綺麗なものに生まれ変わるのではないでしょうか。昔ながらの風情も消えてしまうのかなあ。松重閘門の尖塔や納屋橋のたもとにある旧加藤商会ビルのような“それらしい雰囲気”のある建築物は今後も残されるかもしれませんが、“ただ古いだけ”としか見られないものは早晩なくなってしまうでしょう。

 途中、とある神社の前に『白龍龍壽社』という看板があるのを見ました。洲崎神社です。今年は「たつ」年ですねえ、こちらにもお詣りしていきましょう。境内に入ると、オシャレな若い女性の姿が目につきます。後で知りましたが、こちらは縁結びの神様として評判なのだそうですね(笑)。本殿でお詣りしたあと、右側にある白龍社でもお詣り。こちらのご利益は「商売繁盛」だそうです。

 さらに堀川左岸を北上。納屋橋を過ぎ、錦橋を渡って堀川の西側に出ます。桜通を渡ってもう少し北に行き、最初の橋のかかる通りを西に行くと浅間神社があります。こちらでもお詣り。時刻はちょうど正午頃でした。
 浅間神社の門前を北へ行く道が四間道。江戸時代の風情が今に残る通りです。この道をさらに北に進むとその先に見えるアーケード街が円頓寺商店街です。商店街を西へ歩き、この日の目的地、『ノリタケの森』を目指します。

 この日ノリタケの森は休館日でした。ここを目指して歩いてきたのはここで遊ぶためではありません(笑)。名古屋市徒歩帰宅支援マップによれば、非常時にはここで私の自宅方面の交通機関の案内が行われることになっているからです。それで、職場からここまでのルートを歩いてみたわけです。
 しかし、警戒宣言発令時には私の自宅方面の路線は運転が休止されるそうなので、どうであっても歩いて帰らねばなりません…。

 ノリタケの森到着は12時20分。ここからもう少しだけ歩いて、次は名古屋市内脱出を目指します。栄生駅の前を過ぎ、名鉄病院の前を通って庄内川へ向かって歩きます。12時40分、枇杷島橋到着。これを渡り、名古屋市を抜けて清須市に入りました。とりあえずこれで目標はクリア。
 名鉄本線西枇杷島駅に着いて時刻表を見ると、電車は3分前に出たところでした。電車は30分に1本。もう疲れたし、座って待とうかとも思ったけど…、もう一駅、歩きましょうか。

 西枇杷島駅を出て、さらに西へと歩きます。すぐにJRの築堤に突き当たりますが、見ると、築堤をくぐる小さな小さなトンネルがあります(画像)。このトンネルを抜けて西へと進み、12時53分、二ツ杁駅到着。ここでまた時刻表を見ると、57分に電車が来るようです。西枇杷島は普通しか停まらないけど、二ツ杁は急行なども停まります。57分に来るのは準急。一駅歩いといてよかった!

 この新春ウォーキングを始めた頃は、職場のあたりから自宅まで歩き通すことができました。しかし最近は体が衰えたなあ。歩くスピードは以前とそう変わらず、人より遅いということもないと思います。昨日帰宅後も、それから一日たった今日も、筋肉痛は出ていません。しかし関節が弱った。現在、左の足首にやや違和感を覚えます。
 ただこの日はほとんど休みなしで歩いた(昼食も帰宅してからとりました)ので、適宜休憩をはさみながらだったら今でも職場から自宅まで歩き通せるかもしれません。来年以降のウォーキングではうまく休憩をいれていく事を考えて、実際に避難する状況に近づけたコース選定をしようと思います。